冬が春を拒むかのよう

2月から3月にかけて、雪が溶けてもう春だなあと思っていた矢先に雪が積もる事がある。まるで冬が春を拒むかのように。

この積雪を超えてしまえば後は気温の寒暖差があるにせよ雪が溶ける一方の札幌。

今朝の札幌は雲一つない快晴であり、午前中出社前に諸用で大通公園を歩いていたが気持ちが良かった。このまま暖かくなり春になってラジオがあればどこまでも歩けそうな気がする。そう感じた。今朝はカメラを持つのを忘れてしまったことが残念である。

 

と言ってもここ暫くは寒暖差もある。路面状況の悪さによってバランスを崩して転倒してしまう事のないように注意したい。

「邪宗門」を鑑賞Part.2

 

「凄い」の一言でしか表せられないなどと格好つけてツイートした上に「凄い」というキーワードについて真面目ぶった記事を書くという行為をしたわけだが、はっきり言ってしまえば、頭の中が追いついていなかった。ただそれだけである。

 

どうも自分の中にもやもやした部分が残っており、24日の金曜に札幌演劇シーズンの「リピーター割引」を利用し再鑑賞。

2回目は初回に比べて大まかな流れを把握しているので、「このシーンが後のあのシーンに至ってくるのか」と圧倒されてわからなかった部分も、ストンと自分の中に入っていった。

もやもやした部分のなかで1番引っかかっていたのが、ラストのシーン。本当にこの物語を作っているのは誰か。なぜ引っかかっていたのだろう。そう思いながら2回目を見ていた。

ここからは私の個人的な考えになるのだが、これは演劇・物語であって演劇・物語ではないんだ。この物語であった出来事は現実世界である自分の中でも生きている、言葉や想像力・そして一人であったとしても、人間ではなくその時の出来事や環境によって操られているのだ。その中Palism・ささきぱる・(本名)のそれぞれをその時々で演ぜよ。気を抜いている暇はない。自分がもやもやしていたもの、「凄い」としか言えなかったもの。それは自身の内面への「喝」だったんだ。

 

ここまで書くのに1時間を要しており、どのように締めたらわからないでいる。高校時代「オチがないのかよ」とよく言われたことを思い出したのはまた別の話。

くりえいたーずあっぷでーと

Windows 10のメジャーアップデートが今春にあるようで、それが「Creators Update」。ワタクシが使用している10のバージョンがバージョン1511。一昨年のメジャーアップデート以来それっきりで使用している。

 

いや、去年の夏にあったAnniversary Updateは試してみた。そうすると無線LANが使えなくなるという致命的アクシデントが起こり、デバイスマネージャー見たら無線LANの項目が消滅しており、断念して元のバージョンに戻して今に至る。その時はパソコンが熱く熱暴走の可能性も考えており、どうせ涼しくなったときにWindows Update経由で配信されるだろうなんて呑気に考えていたら全く来ないという残念な結果に。

 

今回は「Creators Update」とあるようにクリエイター(自称)の端くれとして試してみるつもりだが、無線LAN以外にアクシデントが起こらないことを祈りたい(きちんとバックアップは取るつもりであるが)。

Creators Updateがワタクシのパソコンに何を意味するか...

 

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札幌(アート)ムラ

Facebookに登録したのはいつだろうか、一人で展示やイベントに顔を出すようになって6年経つか経たないかだからその前後くらいだろうか。SNSが話題になっていたからどんなものか実験という形で初めたのがきっかけだったと思う。

最初は使い方が分からなかったがそれなりに使うようになって、イベントで知り合った人とつながるようになった。情報収集や連絡にも使えるようになった。

札幌というものは広いようで狭いもので、知り合いの知り合いが知り合いでしたってことが珍しいことではないことも知った。最初は「すごーい」なんて思ったけど、最近ではそのことに嫌気がさしてきている。twitterでもだ。

AさんがBさんのことが嫌いだとtwitterで言っていたとする。自分はBさんとFacebookで繋がっている。正直言って迷惑である。個人的なツイートなので干渉しないように心がけたいところだが、思わず感情的になってしまうもので、カッとなってこっちも言ってしまう部分があって反省することが多くなってしまった。

 

なんでこの記事を書いているのかというと、最近こういう事案が周囲で多くなっており、情報収集するのになんで嫌な気分にならなきゃいけないのよということを思うようになっている。そんな状況下でtwitterでのミュートやFacebookのフォロー外しを覚え、去年の今頃から使うようになった。よく「気に入らなかったらフォロー外してください」「気に入らなかったらブロック」なんて人いますが、気が変わってツイートを見るかもしれないじゃないかと思うんで敢えてミュートもしくはフォロー外し(ミュート解除した心当たりは全く無い)。

 

まぁ、誰だと言うつもりはありません。誰だと言うつもりが無いことが本題(前置き長いわ)。

先ほども記述したとおり、札幌、特に創作・アート界隈は本当に狭い。ジャンルAムラ、ジャンルBムラとどこかで何かが形成されているもんだから、例えばジャンルAムラで揉めたとすると、ジャンルBムラでジャンルAムラと繋がっている人がいると正直顔も合わせたくないということが最近は殆ど。

みんな揉めずに平和にやりましょうよと言いたいけど、流石に「あの人とあの人とあの人嫌い」とこっちも言いたくなるぐらい、結構陰口が飛んでくるものだからいつからかタイトルにした「札幌アートムラ」と個人的に思うようにした。「○○展ムラ」「▲▲氏ムラ」と。

本音言ってしまうとカドが立ってしまうんで、こういうことがあるんですよねーとサラッと頭の片隅にとどめていたければと思うし、悪いことだらけでもない。自分の知らなかったジャンルに出会えるのもこの街のいいところ。

 

 

ちなみに、元いた職場の同僚に個展やったことがバレました。その時はすでにその職場を退職しておりましたが、今の職場でもFB垢バレている可能性が高いうえに、RTで職場の人間であろうツイートが3度も回ってきている時点でヤバイなと感じつつある今日この頃です。

毎日自分の引き出しから出すものがどれだけあるか

毎日ブログを更新することを今年から日課としており、何を書いたら良いか悩む時がある。外にいるときや仕事中に「これネタになるな」と思っていても、いざパソコンの前に座るとあっさりと忘れてしまう。メモに取っておけという話なのだが、メモに撮ろうにもカバンから取り出すのも億劫だし、普段使用しているOneNoteがインストールされているスマホポケモンGOで使っているので開かないことが多い。

 

前置きが長くなってしまったが、ポケモンGOの話。定期的に入れ替わるポケモンの巣が変わるのは今週の木曜と思っていたが先週金銀のポケモンが解禁されたので、来週だろうと呑気に構えていたら、あっさりと変わりやがった… しかも札幌大通公園フシギダネと来た。年末年始のイベント含めると今年で3回目である。そんなことなら相棒にせず他のポケモンのアメを稼いだのに…

 

「凄い」というキーワードについて考える

こんなタイトルにしたら山本直純氏のお囃子が流れてきそうだが、砕けた感じでお送りせず真面目に更新。

 

昨日は、何がなんだかわからずブログの更新もスマートフォンのアプリから投稿を終わらせてしまった。そのあとに、頭のなかで整理してツイートをしたところ「凄い」というキーワードについて別件でRTされたので、このキーワードについてまとめたいと思う。

まずは、24日までの演劇を鑑賞したことがきっかけなのだが、感想については昨日のツイートで省略する。

そして、さらに「凄い」というキーワードについてあまり使わないようにしている旨のツイートをする。

 

でこのツイートをしたところRTされたのだが、「凄い」というキーワードは大学にて教職課程の講義を取っていたときに、講義で教授が「凄いという言葉は、ぞっとするほど恐ろしいという意味が含まれている。だから教師になる君たちが生徒の前で気軽に凄いなんて言葉を使ってはいけない」ということを言っており、それ以来、頭の片隅に置いていた。

とはいっても、最近使われるようになった「ヤバい」というキーワード(これもあまり悪い意味で捉えている人もいるようで、三宅久之氏も生前、番組で「ヤバい」をテーマにした時に軽く使うなと発言していたのを覚えている)とともにうっかり使ってしまう。

おそらく思わず口頭で使うことはあっても、ツイートでもいくらか「凄い」「ヤバい」のキーワードを使っているだろう。口頭は仕方ないかも知れないが、記録に残るツイートやブログでは別の言葉で使いまわそう。そう考えさせられた次第である。

 

ともあれ、会場をあとにして何が何だか分からない状態が続き、本当は舞台の内容についての感想をまとめたいのだが上手くまとめられないのである。ただひとつ言えるのは「凄い」というキーワードが自分の中でしっくりきてしまったということである。

 

※毎日更新を心がけているため、内容にバラつきはありますが、久々にじっくり書いた気がする。おそらく明日はまた軽い更新で終わる可能性が高い(更新するネタが無いため)。